感想置き場

いろいろと感想を残します

FINAL FANTASY XVI プレイ感想⑯

灰の大陸へ

準備して灰の大陸にいきますよっと
あとサブクエすごいやる

•ディオン様〜
•つけ入れられたのは私、、これは全て私の罪だと言い切るディオン様、高潔だ、、
でも確かにそうで、ディオン様完全に脳みそ操られたわけではなくて、自身の行為は自身がやったことなのでその責任は自分であることは確か。苛立ちから槍を投げたのもディオン様自身の脳が動かした手だもの。その認識はすごく正しい。逃げてなくて凄まじく偉い!全く他責にしないこの精神、見習いたい
•困った時はお互い様という少女も人ができておるよ。見返りを求めて助けたのではないのよね give and giveの精神、、 まあ5年後の序盤に出てきた時は結構お金にシビアな感じの印象受けたけど笑
•字書きのエディータが本を書いたのがうれしい。まず勉強するところから偉すぎるし、そこからインプットに終わらずアウトプットしてるのが、何かを作る楽しさを知ったんだなって嬉しくなったし、その内容が、隠れ家の人たちのことなのもいい。蒼天で、フォルタン卿が回顧録書いてたり、漆黒で皆が心のありかにした英雄譚とか、あるけど、その人々の行動が書かれた本は、本人がいなくなったとしても、受け継がれていき、著者や、そこに描かれた人の思いが、遠いどこかの誰かを動かすこともあるんだよね。本にすることで、いつまでも生き続ける。物語が人をうごかし、その思いが読んだ人の中に伝わり生まれて、支えとなる。今14や16やっている中で得た体験もわたしにとってそうなようにね。
•ヴィヴィアンマジでミド苦手で可愛いな
•当時気づかなかったけど動画見返してたらこの時点でクライヴ❤ジルになってるのね
•クライヴの診療記録、心配と共に苛立ちで次回はベッドにくくりつけてやろうかしらと書かれてるのわろた
•ジョシュアがアルテマの存在を知ったきっかけを教えて欲しいんだよなぁ そこは本筋ではないとのことでばっさりカットなんだろうけど
•ガブもくるのか嬉しいな ガブ一般人なのにずっときてくれて嬉しいんだけど心配になる
•何か用か?に対してちょっと話したかっただけなオットー好き わかる、用なくても話したいよな でもちょっと女の子みたいで可愛い
•ジョシュアに殴られた!
兄さんのことを思えば簡単に納得するものか、ジルは我慢してるんだ!
うーーーん。そうね、、これは、二人の問題だから、現場を見てないのに言われるのはちょっとムッとしちゃったかな、、でも今思ったのは,ジョシュアも昔からジルを見てきたわけで、第三者だからこそこうやって、クライヴくんの選択はジルを悲しませてもいるという事実を突きつけられるのかもしれない。確かにその視点は忘れたらだめだよね。
「なんでも自分一人で背負い込むのは本当に悪い癖だ 」
これは、あなたにも言えるのではないか?と最初おこだったんだけど、振り返って落ち着いてみると、そもそも人間、言動に常に矛盾がないなんて無理だし、自分でできてないことでも他人にアドバイスというかいう権利は別に全然ある。ただ、自分一人で背負い込むのが悪いというのは、ジョシュアの理想をクライヴくんに押し付けている気もした。いやーでも、これは心配からくる行為なんだよな、、心配するという気持ちから、相手の選択や意志に対して怒るのは、果たして自己の押し付けなのかしら?あなたに生きていて欲しいと願うのは、あなたの犠牲になるという選択を受けいれられない、自分勝手な思いなのかしら?でも、目の前の人が悲しむのを知りながら犠牲になろうとするあなたも言うなれば自分勝手だよね。結局人間、相手と違う考えを持って行う行動は究極全部自分勝手ともいえる。
それでもこれが俺の出した答えだ→戦うために自分で選んだのだと言い切れるのか?→ああ→ならいい
ジョシュアは、その選択が、自分の心の底からの選択かどうかを心配していたのかな。いやもちろん、背負いすぎるなよ、頼ってよ,という気持ちもかなりあると思うけど、でも多分昔から他人のために自己を犠牲にする兄さんだから、この選択が、人に振り回されてやったものではないのかを心配していて、クライヴくんの行動は、動機は他人を救うというものだけどそれは他人に言われたからではなく自分がやりたいからやってるだけなので、そういう意味で、自分で選んだと言えるから、それに対してジョシュアは、兄さんが犠牲になるのは嫌だけど、でもそれが兄さん自身の選択なのなら、自分の意思で自分(の意思)を大切にした上での選択なのならもう言えることはない。って感じかしらね。
うーん。自己犠牲系のヒーローについては、本人が満足ならいい、外野から言えることは何もない、人の価値観について正しさを論じること自体が間違っていて本人にとっていいならいいのでは、人に対して代わって欲しいと思うのが間違っているという思いと、でも目の前の想ってくれる人悲しませてるよねの思いで悩むのよね、、
ただ思うのは、人はやはり他の人と関わって完成するので、あなたのことを大切に想ってくれてる人には最大限歩み寄るべきだとは思う。あなた一人で背負わなくても、みんなで手を取り合えばもっとたくさんのことができるかもしれない可能性も知って欲しい。でもそれで究極お互いに頑張ったけっかやっぱり自己犠牲しか道がないのならもう受け入れるしかないし、その人にはもう感謝が最大限の誠意だよね、、
この、殴り合い、、といってもジョシュアの方からしか殴ってないけど、の兄弟喧嘩、最後二人が笑ってるのが、なんだか男の子だなーと思いました。そもそも最初パンチからコミュニケーションはじまったのにもびっくりしたし暴力の後笑い合えるんか?って思っちゃったけどこれ河原の殴り合い理論だと思ったら、私にはすぐには共感できないわけだわと分かりました。笑

イーストプールクエ

•生きていくためには自分たちで行動するってことを学ばないといけない。昔のクエでゴブリンに積荷を襲わずに済むようにおしえてたはなしがあったけど、それと同じで、いつまでも与えられるだけでは生きていけないので、自ら行動し生み出す力を身につけないといけないのよね
•指示がなければ動いてくれないベアラー。今までそう生きてきたんだから、それは仕方ないよね。でもこれからは、指示がない。それは、自由であると同時に、自分で自分の行動を選択する必要があり、そしてその選択に責任を持たねばならなくなるということでもある。ベアラーは酷く虐げられていたけど,指示待ち=考えないというのは、自分の足で立つよりも、楽っちゃ楽ではある。
•俺たちに何ができる、どうせアカシアを誘き寄せる罠としてベアラーを使うんだろう?というベアラー。これは仕方ない。ずっとそう扱われてきて、自分にできることなどなにもなく、そして自分を守ってくれるものは誰もいない、自分は守られていないという自覚で生きているんだろうな。前読んだトラウマの治療の話
https://s-office-k.com/complaint/trauma
で、
1 自分自身が安全であり、身の危険を感じる心配はなく、いざとなれば誰かが助けてくれるという安全に対する信頼感の回復
2 事件や事故が自分自身の責任で起こってしまったと過度に自責的、自罰的にならず、適切で妥当な範囲で起こった責任を外に向けかえること
3 自分自身の能力やスキルや資源を用いて、事態を制御し、危険を回避できるという自分自身に対する信頼感の回復
が必要だっていう話があって、ベアラーの状態はこれがいまはぜんぶないのかなーなんて思った。ただ、守られて,住居も与えられて、話も聞いてあげてトラウマ回復の手伝いもされてるけど、本人たちがそれを聞き入れようとしない限りは、本人は変われないんだよね。だから、このベアラーは被害者で今こう言ってしまうのは仕方ないけど、でもここで相手の話を聞こうとしないのは、この人の責任。
•居場所を手に入れたんだ,違うのかい?あんたちはいつまでベアラーをやるつもりだい、、!というマーサ。そう、いつまでも他人頼り、甘え、人のせい、ではダメなんだよね。いつまでも与えられるだけ、境遇に文句言うだけ、ではだめ。自分ができる範囲のことをしないで文句だけ言ったり受け身で待ってるのは、自分の意思で自立して生きているとは言えない。自立して生きるのは自分の意思で戦わないといけないからとてもつらい。でもそれが人なんだと、生きることなんだと。日々の自分の生活での選択でもそうだよね〜私の人生は私自身の選択の積み重ねであり、たとえば仕事で不満とかあるけどその職場や仕事を選んだのは自分の選択なんだから、他人のせいもゼロではないけどでもやはり自己責任の部分は大いにあり、ここで仕事の不満を全て人のせいだと思って愚痴を言うだけの人間にはならないようにしないとなと思いました。人のせいにして文句ばかり言うだけでは、いつまで経っても自分の力で何もつかみ取れないのだ。
ここ、私しっかり知ってるわけではないけど、でも、つまり超人(ニーチェの)になれってことなのかなって思った。wikiの説明だと、
ニーチェはその著『ツァラトゥストラはかく語りき』において、人間関係の軋轢におびえ、生活の保証、平安、快適、安楽という幸福を求める現代の一般大衆を「畜群」と罵った。その上で、永劫回帰の無意味な人生の中で自らの確立した意思でもって行動する「超人」であるべきと説いた。
とか、
https://nandemoya.store/archives/369
ここのサイトだと、
超人は「神は死んだ」、「普遍的真理などない」、「概念の世界に根拠はない」というニヒリズムの無意味さに耐え、そのうえで現実の中で自ら意味や目的を生み出し、新しい価値を創造するような「力への意思」を持つ人間のことです。
とある。この世に元々意味のあるもの、価値のあるものなどなく、意味や価値は自身が見出すものである。自身でそれを生み出し、意志を持って立ち上がりつかみ取れと、そう言う人間になれと、そう言うことなのかなぁと
•守りたいと言う、ベアラーの女性!ベアラーに意思が芽生えたが、これは今思うとアルテマ的には”自我”が生まれたという言い回しになるのかしらね
•そうだ、俺たちだって戦えるんだ!という気づきは、上でのトラウマ回復の話だと3だね。徐々に回復して、いつか1まで回復できるといいね
•私たちが戦えたのはあなた方のまっすぐな姿を見せられたから、というベアラー。戦うのに本当に必要なのは、強い武器や防具ではなく、戦うという意思であって、今回は、守りたいという意志を貫く姿を見たことで、その思いがこのベアラーに伝わって、この人自身も同じものを守るために戦うという意志を得られたんだな。なんだか心に明かりが灯ったように感じます、と言うセリフもいいね。守りたいもの、信念があるということは、自分が生きる中で自分の心の海を彷徨うときの、しるべとなるんだな。生きる意味とはこういうことなのかしらね
ウェイドくんのチームの名前の種火っていうのが、ベアラーの心に火を灯したって感じにもとれて、いいね
•モルボルに立ち向かうクライヴくんをみて、騎士になる決意をしたウェイド さっきのベアラーと同じで人の意思、思いを感じることで人は動くのね。その想いをつぎたい、その人の力になりたい。そんな感じで
•匿っているだけじゃベアラーは自立しないというのはシドの信念だったのね
•意志の強さは時として自らに壁を作る。なるほど、そうね。信念にこだわると外界の信念とは違う価値観に対しては頑なになるかも。
•志半ばで倒れたとしても思いを継いでくれる人がきっといる。だから安心して進めというマーサ。作品のテーマね。今できることを全力でやるだけなのよ
•最後の最後に、信念を貫くにも意志を注ぐにも何かを為すには腹が減る!という、ラストのラストに現実的な、でも大事なご飯の話を持ってくるのもいいね。たいそうな話をしてたけど、信念や意思は脳内の話であって、それを果たすための体は飯がないと動けないのでね。笑

ブラックソーンクエ

オーガスト本当に優しいな ちょっとブラックソーンに優しすぎない?笑
•庇ってくれるのにも限度がある、自分の意思で村を出たというブラックソーン、捨てたというゾルターン。ブラックソーンは自罰的で、ゾルターンは他罰的ともいえるかな。もしくは、ゾルターンは、村人の視線に耐えられずに出ていってしまったのではなく捨てたんだと、ブラックソーンは悪いやつなんだと思い込むことでブラックソーンは傷ついてないって、自分が守れなかったという罪悪感から逃げていた可能性もあるかな。
•いっそのことこの村を出たらどうだという提案に、この村で鍛治を続けることだけが生きがいだからなというゾルターン 別の安全なところに移住して設備作ればいいのになとは思うけど、でも住んできた土地への愛着ってそういうのではきっと割り切れないんだろうな。現実でもこういうのあるし
•戻っては来れないけど力になることはできるよ!うんうん、0/1ではなく、その間でできることはいくらでもあるんだから、柔軟に考えて選びとればいいのよ。互いにやりたいことあるからリスペクトしつつでもできる範囲で手を貸す
•ブラックソーンとゾルターン、ひとりでできないことでも、二人ならできる!さらに、今まで得てきた、いろんな人たちの知識の積み重ねもプラスで!人と人が繋がることで一人ではできないことを、成し遂げられるのだ
•酒強いクライヴくん意外だぜかわいいぜでも潰れてほしいんですけども????

ダリミルクエ

•ルボル、ベアラーだったんかワレ!?!?
•二人の子供はまだあまりベアラー差別の意識がなくてよかったなあ
•ベアラーだったって分かった途端に手のひらクルーするの、やっぱり急すぎない?なかなか共感できないな、と思ったけど、小さいレベルでのこういうことは私の日常でもきっとあるんだよね。ゲームでの表現が大袈裟なだけで、、たとえば何かの作品の作者の性別が思ってたのと逆だってことがわかると、作品で感じられたものが微妙に違って感じられたりすることとかあるし
•自分に嘘をつくな,自分を信じろというお師匠の言葉は自分の信念を貫け、という話であり、結局16のテーマ(と私が思ってる内容)そのものなんだよね。そしてそれができるルボルは自分が確立している。自分の他人からの目は全く気にせずに、あえてこの状況を利用して、団結を促す手段としてしまうのは、かなり使命というか信念に生きている感じがする。自分が他人からどう思われるかなんかよりも、自分が自分に正直であるかどうかが、ルボルにとって一番重要なんだ。この気持ちは,とってもよくわかる。(これは心理機能でいうととってもfiな気がする。ルボルはきっとNF、、NTかも?)
•それにたいして叱るヴィクトルは、子供たちのことを思っていっているのもあるけど、それに加えて、ルボル自身の意思を無視して変えようとして、そして、ルボルが街を去るという行為が、ルボル的には街を思っている行為なのにそれを街を捨てると受け取っているのは、街を去るという行為の外面だけを見ている。自分自身に正直かどうかではなく、みんなが仲良く一緒に過ごしている(ように見える)のが一番大事であるという価値観。多分普通の人はこっちの感性で生きてる。(これはとてもfeを感じる。SFJかな)
•わたしはルボルの価値観がよくわかるのでルボルよりの捉え方になってしまうけど、でも、ここで思ったのは、人が怒るのは自分の思い通りにならない時、そしてその対象は多くの場合他人であるんではないかなと思った。ヴィクトルは自分の忠告を聞き入れず行動を変えようとしないからルボルに怒ってるんだと。そらもちろんその動機は心配からくるもので、ルボルを思い通りにしたいのが目的ではないのは分かるんだけどね。だからルボルもヴィクトルは心配してくれて言ってくれているのはわかる、ありがとうというのはヴィクトルに伝えるべきで,そこはルボルの落ち度だと思う。真に誰かを心配した時にすべきなのは、その人がその人の心に従えているかどうか、なのかな

不死鳥教団クエ

•仲間が死んでいるのに調査を止めなかった、主命はアルテマについての調査であり、死んだものたちも全うしただけ。命を犠牲にしてでも、主命を全うする。それが大義だと?とこれに反発するクライヴくんだけど、たぶん、君も使命に殉ずるタイプだと思うんですよね、、でもこの価値観を、自分で自分に適用するときと、それを他人にも当てはめるかどうかはちょっと別で、他人には途端に使命よりも命を大切にしてほしくなってしまうのかもね
•人命を犠牲にしてまで主命を優先すべきだとは思わない、調査をするにしても護衛をつけるなどやりようはあるだろう、、に対して、我ら赤翼の徒はたったひとりの主に従いその命を全うする、あなた様がナイトとしてその責を全うするのと同じことだというシリル。クライヴくんのアドバイスは至極真っ当。ただ、シリルの反論も正しい、クライヴくん、人のこと言えないというか、本人が望んでその選択をしたのなら確かに辛いけどそれは受け入れるしかない、クライヴくんも自身の選択に対してそう思うでしょ、というのは事実よね。

ボクラド市場 姉弟クエ

•呪縛に囚われているなら,,と,心配するものの、姉貴がああ言ったならこっちも腹を括らないとというテオドールくん。自分の考え方や意志を押し付けないのは良いのだが、そもそも姉ちゃんにその考えを伝えてすらいないんだよな!!そこは話あってよ!!とおもいます。笑
•外大陸ではベアラーの扱いがマシなの?この話が本当なら結構聞き捨てならないんですけども?外大陸は黒の一帯はどうなってるのかとかよくわかんない。バハ戦だと地球っぽかったから他にもたくさん大陸ありそうなんだけどな
•ベアラーたちが不自由なく暮らせるなら私たちが無理をして保護する必要はない、分かってはいるけど私の手で自由にしてあげたかったと言うこの思考は、どこからくるものなのかな?目的が果たされているのなら自分の手でやるかどうかはあまり関係ないと、私は思うので、、承認欲求なんてあるわけないだろうし、この”自分の手で”やりたかったというのはなんで思うのかしらね
•て、、、テオドールくん!!!😭😭😭、、、、自害とは、、、、クライヴくんの手を負わせないようにしたのかしらね、、、、強いね、、、
•アカシアだから死体も残らない、、
•テオドールはきっとあんたのために戦い抜いたんだろう。そうだね、守るもののために戦ったのだ。だからテオも立派なナイト、、勇者だと思う。この作品、クライヴくんは一際強い力を持ってるから目立つけど、守るべきもののために戦うという意志を持って生きている人はクライヴくん以外にもたくさんいて、皆がそれぞれ戦士でありナイトであり勇者なんだと思うのよね。クライヴくんはその存在が特殊、特別なゆえこの話の主人公であるけども、それぞれの人はそれぞれの人生の主人公なわけで、、
•正直に言えば、テオを助けずに商人の道を選んでいたら,,どうなったか、何度か考えたことがある、というのがすごくリアルだと思った。家族だとはいえ、一人一人は別の人間だからな。何かを選ぶことは何かを捨てることと同義であり、商人の道は確かにテオを守ることで捨てたのは事実である。しかし結局は、テオの笑顔があるだけで良かったんだ、、
•でもテオの方が負い目に感じていた、私の方こそあの子の呪縛になっていたのかもしれないというエルイーズに対して、あんたたちきょうだいは呪縛になんかなっていない、互いに自分の人生を歩み、互いに思い合っていた、ただそれだけだというクライヴくん。ここ、結構感銘を受けたなー。他人に行動を左右されるという結果だけ見たら、それは呪縛に見えるかもしれないけど、そこにある動機、思いが、互いを思いやることならば、それは呪縛ではない。きっと、助け合うことなんだ。人間関係,結局全部そうなのかもね。自分が,心の底からその人を思いやってする行動について、させられてる、してあげてるなんて思わないものね。

ノースリーチクエ

•オリフレム公は手を取り合うのではなく偉い人が導かねばという価値観があるね。これはノブレスオブリージュの精神に似ている気がするが、、違うのはわかるのだが言語化ができない、、
•娘との喧嘩!こういうタイプの人を守りたいのは同じだけど手段と思想で反発パターンクエは結構お腹いっぱいなところがあるわね。笑
•国や街よりも、まず家族を守らなきゃいけない、そのためならたとえ誰に恨まれようとしがみついてやるよという兵士は、とてもS的な視点で、思想とかよりも今目の前の家族を守るためにはそれが一番と言う判断をしていて、それはそれで大事な視点だと思った。大義に縛られすぎるのも、目の前のものを見忘れて、現実離れしすぎるときがあるからね
•クライヴくんのフィリップに対するアドバイス、悩むくらいならその気持ちに素直になればいい。これ、ルボルの考え方と同じね
•俺は俺の信念を通す。守りたいものを守るのに形なんて関係なかったというフィリップ。これもガンガンにこの作品のテーマね!守るという行為の本質に目を向け、体裁を気にしなくなった
•あなたにつくことに決めた、でもそれはオリフレム公のやり方に嫌気がさしたからではなく、ノースリーチのためだ。そう!!行為や結果は同じだったとしても動機の違いによって変わってくるよね。他人への当てつけや悪感情からではなく守りたいものを守るための行動であるならば100点!日々の行動動機を、こうしていきたいね
•街が分裂することを恐れすぎていたのかも、今できることをやりましょうというマダム。未来を心配するのは危機管理としてたまには必要なことだけど、それに縛られすぎるのはよくない、心配したってどうにもならないんだから。できることをやるだけよ

タルヤの薬クエ

•全身の感覚をなくし、最後には生きている感覚さえもなくしてしまう薬、、、生きると言うことは痛みを伴うのな、、自由な道も痛みと責任が伴うよな,,

ジョシュア薬クエ

•自分の身を顧みず人に尽くされるところが似ている兄弟との評 ほんとそれなー